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量子モナド理論には大変興味があります。身体意識を理解する枠組みを与えてくれそう
だからです。
身体意識は、体性感覚的意識というだけでは十分説明できない、物の存在というものの
裏側に張り付いた広大なもののように感じます。そうであるなら、保江氏の仰る魂、物質と
強くつながり収縮拡散を繰り返すモナドとは、身体意識そのものではないか。
ただし、保江式では魂は人間にしかないそうなのでその点は異なるようです。
その他にも共通点があるように見えます。例えば僕(しもべ)になれ、というフレーズ
は、宗教色を取り除けば、ゆるんで地芯に乗ってセンターに身を任せる、というのと同義に
見えます。保江氏の別の身体に任せるようにする、というのにも通じます。
そう考えるなら、愛魂の稽古は、クオリティのみを特に取り出して行われるDSトレーニング
なのではないか。そして、愛魂技を可能にしているのは、本来はそれぞれの技に対応する
何らかの構造を持つディレクターであり、だから愛魂上げが出来ても投げ技ができない、
等の差異が生じるのではないか。保江氏が怒りにまかせて技をかけたところ破壊的な効果が
あった事も、クオリティを変化させたディレクターを発現させたと解釈すれば説明が
つきます。
怒魂は駄目だから愛だ愛だと言っていても、指導としてはそれでもいいかもしれませんが
そこからは一般論を導くことはできません。言葉としては魂でも身体意識でもいいんです
が、それには(愛性?だけでなく)様々な質があり得て、さらに構造や運動性も存在する、
という視点が必要であるように思います。
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